「生きなければ…」東日本大震災から15年 南三陸町の被災者の思い
26/3/11(水)11:08
東日本大震災から11日で15年です。震災を経験した人々は、さまざまな思いでこの日を迎えています。
宮城県南三陸町です。
2011年3月11日、高さ15メートルを超える津波が町を襲い、3000棟以上の建物が全壊。
620人が亡くなり、いまも211人の行方が分かっていません。
あれから15年。
復興は進んでいますが、町の姿は震災前と大きく変わりました。
南三陸町出身「町がどういうものだったのか忘れてしまうそれくらいの時間。
どんどんと忘れ去られてしまうのも怖い気がするのでいつまでも記憶の中に残していかなきゃいけないのかな」あの日の情景が、いまも鮮明に思い出される人も。
南三陸高校鹿野憲明校長「最後にどうしても乗せられないおじいさんがいた。本当に乗せられなくてごめんねといってルームミラーを見たらそのおじいさんが黒い煙の津波にいなくなったのを今でもこの時期が来ると思い出して。もう一人助けられたらよかったなと私の車も15人乗っていたので手いっぱいだった。
その人たちの分まで生きなければいけないと思う3月11日」震災の日も、カメラのシャッターを切っていた佐藤信一さん。
写真を通じて、15年前の記憶を後世に伝えています。
さりょうスタジオ佐藤信一さん「あれは心を込めて撮れるような写真ではないので自分の心を殺して撮った写真でした。
その時の情景その時の前後のこともすべて覚えているのでこのように伝えられるのは自分しかいないと思っている」3月11日をきっかけに、遠い神奈川でも自然災害に備えてほしい。
それが、震災を経験した人々の思いです。
さりょうスタジオ佐藤信一さん「他人事とは思わず常に防災を心がけていただきたい。できなかったのが我々なので我々のようにならないでほしい」
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